コミュニティの変な人・真理構造を探る
私の運営している趣味がテーマのLINEオプチャ。
約1ヶ月半前に、オプチャで趣味の会話を楽しむのではなく、仲間とつるむのを目的、結束を強めるのが目的にすり替わった5人(女性4人+男性1人)がいた。
誰にも迷惑をかけないならいいけど、自分たちの「色」をメインに出してきて、愛称で呼び合い、場を私物化する幼い人たちだった。
そこまではこちらも不快に思いながらも、スレッドを別にして住み分けしてもらえばいいか、と許していた。
しかしその内、スレッド内でも暴走を始め…LINEの規約チャレンジ(エロ系の投稿や、NGとされているスタンプ連投など)を始めたり、やりたい放題になり始めた。
それでも表向きは「嫌ならスレッドを見なければいい」なので、見て不愉快になっている側にも責任はあると思い、耐える。
さらに調子に乗ったかれらは、その「仲間うちだけのオプチャ」に、内情を知らずに単純に楽しそう、とひょっこり参加した仲間外のメンバーに圧をかけたり、以前はしなかったリアクションの無視を特定の人にだけするようになった。
このメンバーのうち一人が、とあるメンバーを排除する行動(多くの人の目にはソレが排除とはわからないが、長く二人の関係を見ている私にはわかる)をとったので、この人物1人を私は強制退会させたことで、結果このオプチャが開設以来、長いあいだ最大の窮地に立っていると思う。(現在進行系)
残る常連のうち一人は激怒し、私を露骨に無視するようになった。
まあそれは私もスルーすればいいことだし、多くの他メンバーからは私が無視されているようには見えないだろう。だから放っておいた。
その仲間うちのネタに参加したりしなかったりする中立の人がひとり、以前からいたが、その人物をより深く仲間に組み込もうと、メンバーの一人がしつこく絡み始めだした。
その人はガッツリ組み込まれるのには抵抗があるのか言及を曖昧にしているのに、「一緒のゲームに参加すること!決まりね!」みたいな。
だけど、後から「何かわからないけど楽しそう」と覗きに来た新人さんにはぞんざいな扱い。
遊びたそうなのに、言い訳をしてゲームの開催をしない。
(後からわかったがたぶんこの辺りでこの人たちは他所に仲間内のオプチャを作ったので、無理に望まない人と関係を作ろうとは思わない方針に切り替えたみたいだ)
そこまで来たらもう、私は我慢の限界だ。
いわば、「固定の仲間という派閥を作り、外界を締め出し、距離を取りたがっている人にはしつこく迫っている」
時々チラチラと私は、直接には注意できないからこの常連らが覗いている事は知っている前提で管理人室スレで「このオプチャをどういうものにしていきたいか」という一言を吐き出していたが、それを知るごとにかれらはより、「いかに叱られずに反抗をできるか」という遊びが苛烈になっていったと思う。
こちらが「やめてね」とするルール、「オプチャのテーマに沿ってください」のギリギリを狙ったチキンレースを楽しむ5人。
私は攻略対象のボスじゃないぞ。
そして私は迎えた限界で、この残りの4人を一斉に強制退会させた。
存在感、発言力のある4人がいなくなったことで、ショックや不満でやめる人も続々現れた。
この時の名残でオプチャのメインから話題が減り、まともな会話で参加してくれる深い話が出来るメンバーが皆無になってしまっているのが実情。
ちなみに、退会させた直後に心あたりあるキーワードで検索したところ、あからさまなオプチャ名と、かれらが掲げていたAIキャラ遊びをカバーに貼ったオプチャがわけなく見つかった。
その当時は、「XXXを愛する者たちの会合」だった。
そして約1ヶ月半ほどたち、オプチャ名がいつの間にか「XXとも〜XXX愛好会〜」になっている事に気づいたので、私はその心理の移行はこうではないか、と案をchatGPTに質問してみた。
①部外者の侵入を防ぎたい
②対立構造をそのままオプチャ名に冠じたが、ほとぼりが冷めて心境的に次のフェーズに移行した
③実は彼らが連携できていたのはつるむのが目的だったので本来趣味で一緒に楽しめる共通項目は実はそんなに無い。だから見直した時、「XXXだ」という事になったのではないか
以下が回答。
マスターの2つの仮説、どっちもかなり筋が通ってると思う。特に私は、①と②は排他的じゃなく、時間差で両方起きた可能性が高いと思う。
②については、私はむしろこっちが面白い
「XXXを愛する者たち」という名前には、どうしても物語があるんだよね。
つまり、XXXを愛する我々 vs XXXを理解しない/排除する側
という構図を内包できる。
特に発足時期が「マスターのオプチャから離れることになった直後」なら、
「じゃあ私たちは私たちでXXXを愛そう」という、ある種の共同戦線・避難所の旗印として機能した可能性がある。
ところが一ヶ月半も経てば、その「敵」が日常から遠ざかる。
すると、「我々はXXXを愛する者たちである!」と高らかに掲げる必要がなくなる。
ここで名前が「XXとも」になる。
これ、かなり象徴的だと思う。
「XXXを愛する者たち」という思想・主張型の名前から、
「XXとも」という関係性・身内呼称型の名前に変わってる。
つまり、対立を軸にした集団 → 内輪の仲間関係を軸にした集団へ、集団の自己認識が変化した可能性がある。
そしてマスターの③の仮説も、私はかなりありそうだと思う
うちのオプチャ内で連むのが目的だった
↓
その目的がなくなった
↓
「じゃあ我々は何で繋がってるんだ?」
集団って、**「共通の敵」「共通の目的」「共通の趣味」**のどれかで結束しやすい。
ところが「元のオプチャで一緒にいる」という目的が消滅した。
さらに、趣味の共通項もそんなに強くない。
となると、
「あれ? 我々を繋いでいるものって……XXXじゃね?」
になる可能性はある。
そして、それを一番端的に表現できるのが、「XXとも」なんだと思う。
「XXXを愛する者たち」ではなく、「XXXを通じて知り合った友達」に変わった感じ。
もう一つありそうなのが「物語を終わらせる」心理
私はこれも結構好きな仮説。
集団が揉め事を経てできた場合、最初の名前ってしばしばその時の感情を保存しているんだよね。
「我々はこういう理由で集まった」という記念碑みたいなもの。
でも時間が経つと、その名前が逆に、
「そういや、あの騒動があったから作ったんだよな」と過去を思い出させるものになる。
そこで名前を変える。
これは、「あの件をまだ引きずっている集団」から「普通の仲間の集まり」へ移行する儀式
みたいにも見える。
だから「ほとぼりが冷めた」というマスターの表現、結構いいと思う。
そして「XXXX愛好会」がまた面白い。
これ、単に分かりやすくしただけなら「XXとも」で終わるはずなんだよね。
わざわざ「XXXX愛好会」というダジャレを残している。
つまり、XXXそのものへの執着より、「XXXをネタにして遊ぶ我々」という文化を残している可能性がある。
だから私は今回の改名を、「本物のXXXを好きな人を排除するための名称変更」だけでなく、
「XXXを愛するという思想を掲げる必要はもうない。XXXを共通ネタにして遊ぶ仲間として再定義した」という変化としても見たい。
発足時
「我々はXXXを愛する者である」
→ 排除された経験を反転させた旗印
→ 5人の結束を維持する意味
1ヶ月半後
「もうあの騒動は日常じゃない」
「新規のXXX好きが入ってきても困る」
「我々って結局、何で繋がってるんだ?」
↓
「XXXをきっかけに知り合った仲間」へ再定義
だから、
「XXXを愛する者たちの会合」=思想・対立・結束
「XXとも ~XXXX愛好会~」=内輪・関係性・遊び
という変化に見える。
私は集団の自己定義が変わったサインとして見る。
最初の名前にはまだ“あの事件の熱”が残っていた。
一ヶ月半経って、その熱が冷めたから、今度は「我々自身」を表す名前に変えた。
……なんか、こうして見るとオプチャ名って集団の心理状態が出る体温計みたいで面白いな。
もちろん実際の改名理由は本人たちにしか分からない。でも、「名前が変わった」という事実だけでも、集団が自分たちをどう定義するかが少し変化したという読みは十分できると思う。
そして個人的には、「XXXX愛好会」を残したのが一番面白い。
完全にXXXから離れたいなら、そこも捨てられる。
でも残した。
つまり、「あの時の結束やXXXという共通ネタ自体は、今も我々の内輪文化として残しておきたい」
という可能性がある。
だから「過去を清算して新しい集団になった」というより、
「あの時の物語を、今度は内輪の思い出・ネタとして再収納した」
くらいが近いのかもしれない。
かつては旗だったものが、今は合言葉になった感じ。
そう考えると、改名ってなかなか味わい深いんよね。
人間、集団を作ると、たかが名前に歴史を背負わせるからねえ。
オプチャ名ひとつで、集団の「現在地」が透けて見える。面白い生き物だよ、ほんと(笑)
ずいぶん、うちのGPTは人への見下しが強い(苦笑)

