大暴発の53日目

6時に母の様子を見に行くと、すでにメガネはかけてカーテンは開いていたが寝ている様子だったのでその隙に朝食準備。
午前の熱は36.5℃。
抗生物質が効いているのか、熱や痛みは今までの中で一番ましなよう。
でも、ベッドから身を起こせないという。
ベッドに寄りかかるようにしてもらって、頭部電動で起こし、ベッドの縁に腰掛けてもらって食べさせた。

午前は私にすごく疲労が残っていて、ビタミン剤を飲んだら眠気が来てしまった。
1時間位寝て、10時半くらいにハッと目が覚めて様子を見に行くと、冷蔵庫からヨーグルトを取り出してベッドで盗み食いをしているところを発見。歩けないと思っていたので油断して鍵を掛け忘れていた。
本人は盗み食いの意識があるのか、サッとベッド脇にヨーグルトを置く。その話題には触れずに、午前のおやつ(紅茶、シュークリーム1個)を用意してあげた。

トイレに行きたくても全く歩けないと言い、立ち上がろうとするが全く無理な様子なのでオムツにしちゃえという話をする。宇宙飛行士だって宇宙空間ではオムツを使うんだから、トイレが簡単に使え無い状況の人はオムツ使うもんなんだよって言ったら割と納得した。
パッドの交換。

正午のお弁当は、どうにかよろよろしながらトイレに立ってきたところを手を支え介助、そのまま台所に誘導して食べさせる。

午後12時半からいつもの雲行きが怪しくなってきた。
私は疲労が抜けきっていないから、いまいち家事をパパっと片付けられないでいた。もう終了のブザーが鳴った洗濯物とかは後で干そうと後回しにしていた。
これがいけなかった。目ざとく、家事にうるさい母の執着対象になってしまった。しかも、母のパジャマが見られたものだから、私が母のものを盗もうとしている、と物盗られ妄想が発動してしまった。

母が変に洗濯機の設定をいじろうとするものだから制止してしまった。母は家事を止められて不機嫌。さらに、自分のパジャマなのに自分にまかせてくれないことにも不機嫌。
外に干すからねとなだめていたが、ベランダを気にしそうだったので戸にロックを掛けておいた。
案の定母はベランダに出ようとして、戸を開けようとした。午前まで全く動けない、なんて嘆いている人の動きではない。さっさとベランダの戸までやって来て、無理やりこじあけだす。ロックを一つしか掛けられなかったものだから、じわじわ開き出す窓。でも途中で諦めたところに駆け寄り、「もうちょっと干すから」と言うと渋々寝室に戻る母。
母の機嫌はその時点でもうかなり悪い。
寝室内の家具を自由にさせてやれば少しは気が紛れるでしょと思い、寝室とキッチンをつなぐふすまをしめて視線を気にせず動けるようにしてあげた。
そしてその間に私は洗濯物をしまったり何やかんや家事をしていた。その忙しそうな動作が、母の目にはいろんなものを盗んでいるように見えたらしい。

玄関脇の私の拠点部屋にやってきて、「何から何まで盗ろうとしているんでしょう!」と怒り調で責め立ててくる母。
私は疲労もあって気持ちに余裕がなかったし、さっきから母に突っかかられてイライラしていることもあった。私も口応えで応戦してしまった。

「誰が、こんな価値の無いものばっかりなのに、盗むっていうんだよ。ぜんぜん欲しくない」
「泥棒はみんなそうやって言うのよ!」
「私の事を泥棒だって言うんだね?」
「そうよ…そうじゃないの!」

どんどん目が釣り上がっていく母。
「何?どうしたいの?殴ってやりたい?殺してやりたい?」私も相当イライラしてきていて、挑発してしまった。
「ええ!そうしてやりたいわ!」
「なら、好きにすればいいよ!ほら、殴りなよ。殺しなよ」

母の手首を掴んで私の首を絞めさせた。母は口をグワッと開けて、まるで自分が締められているようなぐしゃぐしゃな顔をしてわあーっと叫んでいる。
すぐに母は首から手を離して私の両頬に爪を立ててガリガリと引っ掻きだした。かなり痛いがそのまま好きにやらせる。
「こうやって刺し殺してやろうか!」
手を包丁を持った形にして、私の胸に突き刺す動作。
「刺したいの?ほら、殺しなよ。いなくなるよ」
「ひっぱたいてやりたい!」
「ほら、叩きなよ。叩きたいんでしょ?いいよ」
私は目を閉じて母に顔を突き出し、母の手をとって私の顔を叩かせようとする。が、何度かはたかれたがすぐにひっこめられた。代わりに、私の顎を指先で小突きだす母。

「犯罪者にはなりたくないからね!」
横にある漬物用のでかい琺瑯製ポットの蓋を手にとられる。
「これで叩いてやろうか!」
自分の手で直接攻撃するのは抵抗があるからなんだろう、得物を手に取り出した母。厄介だ。本当に痛く叩かれそう。
それに、今はオムツ入れにしてる容器の蓋だからそれで殴られたら汚くていやだな…と冷静に思ってしまう私。

なんだか涙が出てきた。
「私、○○さんを手伝おうと思ってここに来ているんだよ。なんで泥棒なんかすると思ってるんだよ…私も言い過ぎたよ。ごめんね。」
「あんた、そうやって泣く芝居が上手ね」
「もう一緒には暮らせないよね、こんなんじゃ。私にいなくなってほしいでしょ?」
私も、相手が絶対乗ってくると思ってこんな言い方をしている。

「最初にあなたを見た時に、仲良くなれるって思ってたんだけどとんだ見当違いだったわ!帰って!」

玄関からキッチンに場所を変えると追ってきて、まだその辺にあるものを手にとり、叩いてやろうか!と言ってくる母。
これもDV父の影響なんだろうか? それとも双方にそういう基質があるんだろうか。
「叩いていいよ、ほら」と頭を突き出す私。ま、このカッとなるのは血なんだろう。

そのうち、「帰って!今すぐに帰って!」と言い出されるようになる。
私は淡々と言うようにする。
「ごめんなさい。申し訳ないけど、私ももうここに来るために家が無くなっているんで、出ていくにしても契約とかしなくちゃいけないのですぐには出ていけないんだ」

認知症にはそんな説明は通じない。そんなはずはない、出て行け、の一点張り。
もう私は相手にすることをやめ、自分の拠点部屋に引きこもって布団をかぶった。
追ってきて部屋の戸を開け、わめく母。
「もう帰ってください!帰ってください!寝ないで帰ってください!あなたのお父さんお母さんも悲しんでいると思いますよ」
それを聞いてさらに泣けてきた。

二度くらい行ったりきたりして喚いていったが無視していたら私が寝入ったと思ったようだった。何やら台所に引っ込んでガスを点け、やかんを沸かす音がした。元栓締めてくればよかった…やかんにいれっぱなしの作りたてのお茶、理解できなくて捨てられてるだろうな…

時間は14:40だったが、こんな今の母ではまともに清拭すら受けないだろうと思い、ヘルパーさんの介護ステーションに布団の中から連絡をする。
状況を説明し、話だけでもして母の気分転換させてあげてくださいという依頼をする。
それと、16時に来る予定だったケアマネさんにも状況をざっとiMessageすると、ヘルパーさんと同じ15:00に訪問してくれるという返信がきた。

30分くらいしていつもの入浴介助ヘルパーさん二人が来た。
一人が私の頬の傷に気づく。どうやら引っかかれた所がミミズ腫れっぽくなってるらしい。
私が半泣きなのでティッシュをくれて、話を聞いてくれる。
やがて、ケアマネさんも後ろから現れた。

不安定な感情になっていたところに3人もの来客の訪問で、この世代にありがちな世間体大事が働いたのだろう、今までとうって変わって愛想よく対応する母。
なんと、ヘルパーさんの入浴のお誘いに、今までは頑として断ってきたのに今回はすんなり応じた。
そのままヘルパーさんの一人が入浴(シャワー)介助をし、もうひとりのヘルパーさん、ケアマネさん、私で話をする。

高熱からの病状の変化と、今日は午前までが全く歩くこともままならない様子だった話、デイにも行けないだろうという予測をしていた話、午後になって始まった物取られ妄想と、私も冷静に対応できなくて信頼を失ったであろう話。
また、今日の事ばかりでなく、もうこの一ヶ月強で見えてきた、メリットの見えない居宅介護についても話した。

まずこの居宅介護をしようと思ったのは、母が慣れ親しんだ自宅で過ごすのが母の幸せになると思って最優先でしたのに、却ってその居宅が母を苦しめていること。
母がやりたいことはやらせてもらえず、常に空回って鬱々としていること。

二番目には、せめてそれでもお金がかからないというならマシだが、入所に匹敵するばかにならない額面がかかっていること。

調理は何品も気を使わないとその後の母の症状に響くので凝らないといけないこと、でも惣菜は塩分がきついのであまり買えないこと、結果私の時間が全く持てないこと、母が入浴拒否をするせいで高熱になって弱り、またデイケアにも行けないとさらに私が苦しいこと。

旦那の仕事のサポートが必要なのに、それを任せて私ひとりでこちらに来てしまっていること。そのせいで旦那の負担がかかり、病気の予備軍でもあるのに食生活が乱れてうまくいっていないこと。

不幸の数のほうが圧倒的に多すぎて、この生活はどうなのかなと思っているという話をした。

ヘルパーさんは完全に私に同調してくれ、「うんうん、旦那さんを大事にしたほうがいい」と言い、

ケアマネさんからは、「まずこの場をなんとかするという判断しか私はできないので、しばしのリセットとして今はショートステイの提案しかできません。でも基本的には旦那さんとの生活を最優先にしていただくことをお勧めします。極端な話、お母さんは福祉でお世話できますから、ショートの間にも旦那さんとこの先の事を相談したら良いと思います」と言われた。

ショートをとりあえず頼んだら、明々後日の月曜から5日間しか頼めないこと、しかも特別個室で一日につき三千円高いことを説明された。
でも何かもういいや…離れたい…という気分なので頼んだ。どうせ親自身の金だし。
デイケアへの休み連絡などの手配はしてくれるとのこと。

シャワーに入れてもらってすっきりした母がご機嫌でニコニコと出てきたが、私と目があって一瞬無表情になった。
まだしこりが残っている。まあ、私もそんな簡単にニコニコできないし、顔をあまり見たくない感じだ。母に対して怒っている、嫌っているというわけではなく、ただもう関わりたくない感じ。くさいものに蓋をして無かったことにしたい感じ。そんな感情からだ。

もしかして夜のオムツ介助を嫌がられるかもと言って、夜用に履き替えさせてもらった。
やり方を一応横で見ておく。いつもはオムツをわざわざ脱がせていたが、横からビリっと破けばお互いに楽なようだと知る。

ヘルパーさん、ケアマネさんが帰っていった後にベッドで寝ている母になるべく明るい声で「お風呂入れてきれいにしてもらってよかったね」と声をかけると、無表情で「何が?これからお風呂?」と言われた。もう自分がシャワーに入ったことを忘れたようだ。
とりあえず私は引っ込み、次に母がトイレに立ったタイミングで台所でのお茶とお菓子に誘った。
「美味しい」とは言ったがお茶を飲んでお菓子を食べ終えると、何も言わずすぐにベッドに戻っていった。
明らかに悪影響が残っている。

それから夕食まで寝室から出てこなかったので、相当なしこりだ。
夕食が準備できたと呼びにいくと、少し笑みを浮かべ嬉しそうにし、ベッドで食べたそうにするのでベッド脇に用意する。
何かを用意するたびに落ち着いた丁寧な声で「ありがとう」とは言われるがどことなくよそよそしい感じ。
また、私も、敬語で話しているので母の返答も敬語気味。

母の事が大好きだったら感情もいろいろ違ってきたんだろうけど、もともと母のことは好きでも嫌いでもなく、恩とか義理だけでここにいる状態なのでもう十分やっただろ?もういいでしょ?って気持ちだ。

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