緊急搬送の55日目

4時に様子を見に行くがよく寝ていていびきをかいているのでオムツ替で起こすのも忍びなくやめる。

6時に様子を見に行くと、目を開けてはいたが全く身体を動かせないと言う。横臥にも出来ないと。水分は欲しいと答えたので、ホットミルクを吸い飲みに入れてもってくるがあまり飲めない。ベッドに傾斜つけようとすると直ぐに苦しいと言って飲むのも思うようにいかない。

8時になってもそのままの調子なので、日曜日だけどもケアマネさんにどうしたらいいものかiMessage相談。
動けなくて日常生活が送れない程度では救急車も呼びにくいと送信。
とりあえず10時位にケアマネさんが来てくれる事になり、私も疲労が抜けきっていなくてグダグダしていた。
後のことを思えばこの時間に身支度しとけば良かったのに、と思う。

10:20にケアマネさんが来て、状況を見てもらうがまずは#7119に相談してみたほうがいいと言われる。その場で#7119に電話、看護士にヒアリングをしてもらい、救急車を呼んでもよいと思いますよって言われたので119に。
住所を伝えるだけですぐに切られた。
数分後、すぐに折り返しで状況を尋ねる電話が来たので答える。電話の向こうから聞こえるサイレンと、実際耳で聞こえるサイレンがシンクロする。最初に119してもう三分後にはすぐそこまで来ていた。

自分も救急車に同乗していかなければならないことをうっかり忘れていた。全く自分の支度はおろか、母の保険証、薬歴、入院したことのある病院の診察券も用意出来ていない。救急隊員が来た。4人くらいいた。
ケアマネさんが過去の緊急入院や搬送先などを救急隊員に説明してくれている間になんとか準備する。

ケアマネさんが、上着や靴を持っていったほうが良いですよと教えてくれた。入院とならずに返された場合を考えてのこと。リハパン、パッドも準備した。
こんな高齢なんだからいつ何時こういうことあるかもしれないのにすっかり普段の準備をしていなかった事が悔やまれる。母は各種の簡易検査をして、痛いところを特定されようとしていたようだったがやっぱり不明みたいだった。ストレッチャーに乗せられた母は痛い痛いと悲鳴をあげた。

救急車に乗るところでケアマネさんと別れた。
病院に着くまでの間、隊員に質問されたり母に話し掛けたりする。到着も近くなった頃母は一瞬えづいたのでギョッとするが吐きはしなかった。酔ったのかも。

緊急外来の待合室で待つこと5分位、そこからすぐに母のストレッチャーがある簡易病室に案内された。カーテンで仕切られただけの四人分ストレッチャーが並べられただけのところで母はアセリオ静注液(痛み止め)とラクテック注(栄養剤)を点滴されていた。

高齢者用の遅いペースで点滴されているようで、えらく時間がかかっていた。診察もかなりの間呼ばれない。たまに看護師が点滴の具合を見にくる程度。緊急搬送されてきた人らは各種検査されトリアージされた結果、点滴がてら待たされているようで、外来に直接来た人の診察を急いでいるようだった。

左隣の人もかなりの高齢のようでずっと咳とすごい痰の絡みとうめき声をあげ、右側の人はいびきをかいている。

そんな中、母も最初の頃こそ「怖いところに連れてこられた」とビクビクし、付き添いの私に「ごめんなさいね本当は帰れるのに一緒にいさせて」と気遣いをみせたり「神様、どうぞ私達ふたりを早く帰してください。お友達を帰してあげてください。仲良しのお友達なんです。早く帰してください」と祈りを捧げたりしてかわいらしいものだったが、それも魔の刻13:30に差し掛かったところで雲行きが怪しくなってきた。

隣のカーテンが人の移動で激しく動くのが気に触るらしく、カーテンが動く度に憎々しげにパンチするようになっていた。「こうして、先に何かついているやつで…何ていうんだっけ?ぶんなぐってやりたい」とまた、物騒な事を言って好戦的な表情になってきた。

しかも、点滴されている箇所を痛がって、やたらいじり出すようになった。しかし点滴はまだ3/4くらいも残っている。その内勝手に剥がそうとし始めるので止めると、「だってこんなの付いていたら帰れないでしょう」と言う。そして膝を立て始め、起きようとしだす。だが狭いストレッチャーで掴まるところがないので易々とは起き上がれない。

外来診察も終わったみたいなのにこちらはかなり放置されてるなぁ…と、背のない椅子で疲労困憊になってきた頃、離れたところで医者が看護師に言う声が聞こえた。
「あの痛がってたお婆ちゃんどうなったっけ?」やっぱり忘れられてたのかも。

診断結果を説明しに来た医師は、血液検査の結果がなんともないので病状もなくただ痛がられているだけでは入院できない事を告げてきた。私は、急にこうなられた母への対処の方法もわからず、脱水症状にさせるかもしれないしどう家で世話したらいいのかわからないと言ったがそれでも入院は無理なんですご理解くださいと言われた。脱水症状まで完全に進んだだとか、何か決定的な事がないと入院させてもらえないらしい。ものが食べられないだとか脱水の心配があるなら、通常の外来で来て点滴を受けてもらうしかないと言われた。

私はその言葉を聞いて全身にガックリと来てしまい、母の点滴箇所の腕をいじられないよう押さえつけたまましばらくうなだれてしまった。なんなら、看護師さんが気付いてなんとか助け出して貰えないかなとすら思ってしまった。

母が点滴の腕を上下に振り始めたので心配してくれたのかと顔を起こしたら「寝るんなら掴まないで!」と苛々した冷たい声だった。余計ズッシリ来た。

その時点で報告がてら、母の付き添いで私の体調がしんどくなってることをケアマネさんにiMessageして既読になったが返信は来なかった。助けを求められても困るから頑張ってなんとかしてくださいという無言のメッセージを受け取ったように思う。何か色んなものに見捨てられた気がした。

そう思ったら、開き直って出来ることをして、早くここを脱出するしかない、こんな何も得るものが無いところにいても疲れるだけ、という気持ちになってきた。
とにかくまずは母を苛つかせてはいけないので看護師さんを呼び、点滴がいつ終わりそうか訊く。と、スピードを速めてくれた。

そうはいってもかなり時間はかかる。苛々する母に点滴が無くなったらという説明を何回も繰り返した。
不機嫌な母は「毒をいれて殺そうとしてるんでしょう!」と納得したがらなかったが、「毒なんてそんな悠長なことしないよ、殺すんならとっくにしてるって」と言ったら黙ったので納得できたのかもしれない。

点滴が終わったので速攻で伝え、ストレッチャーから自力でリハパンを履き替えてもらったり歩けるかのテストをする際に再度、医師が何故入院が無理なのかという説明をしてくる。この年齢になると入院がすぐに寝たきりに繋がるのでそういう視点からも勧められないと。まあそれはそうかもしれないけど…

病院から介護タクシーを呼んで、待機の間に会計をした。休日外来、検査、点滴で2,800円くらい。やっぱり高齢者は安いな。
介護タクシー自体は車椅子貸出、迎車、運賃で5,000円だったが階段を降りたので2,000円余分にかかった。踊り場の折返しも一階分としてカウントされたのが何か弱みに付け込まれた気がしたけど。

ようやく帰宅したころにはもう17時近かった。
宅配弁当が不在票を入れていて、連絡を乞うになっていたので報告。ケアマネさんに緊急搬送を聞いたのでキャンセル代はなしにしてくれた。ついでに明日からショートなので宅配のスケジュール調整を頼む。

母にはとりあえずお茶とどら焼きを出してあげる。
が、すぐにソワソワとあちこちを漁り始めた。もう夕食を食べねばという気持ちになっているようだ。
炊飯中なので、炊飯器の蓋を開けにくる母を制止しながら旦那に電話で今日の内容を愚痴る。
母は夕方の昂りで苛々していて、あちこちうろつきながら私の家事の不備を指摘始めた。正直、うるさい。

朝食がお盆にセットしてラップをかけてそのままだったから、メインのおかずだけ入れ替えて夕食として出してしまった。出したんだからそれで満足すればいいのに、今度は「お父さん、弟が家に帰ってこないのは皆の分のご飯を用意しないからよ!」と怒られた。もう何もやっても、何言ってもお互いに苛々してうんざり。

高熱以降、攻撃気味になった午後の精神症状がしんどい。もう理不尽な内容で攻撃されるのは、父やブラック企業達だけでたくさんなのに、母のは特に言い返してはならない認知症なのだから、受け入れなければいけないというストレス。

食べ終えた母は大人しく寝るモードに入ったので夜のオムツ支度をさせて、おやすみと言って部屋を真っ暗にする。18時なんかに寝かせたらオネショが心配だがもう今日は関わりたくない気持ち。

もうこんなんじゃ、ショートから帰った後の地獄が耐えられないと思い、真実を脚色してケアマネさんにもう無理です、ストレスで吐いてますとメール。
すぐに既読になり、数分後「施設を探す方向はいかがでしょうか」と返信が来た。
それを見たらなんだか一気にストレス解消されたので、
「そうですね。固定費支出も月50万以上かかっているので経済的にもこのままでは継続できません」と返信。

元気が出た勢いで母の弟、叔父にもメール。
最近はこの叔父と毎日状況報告メールを交わしている。
5/2に訪問したいとのことでその約束決めが主な要件だが、今日の母のストレスの件、これから入所するかもという件も説明しておいた。

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