母の要介護度再認定調査

調査員との待ち合わせは14:30からだが、母の様子もよくみておきたいから20分前にはショートステイ先に到着した。

さすがに、ショートステイやら特養やらの何度も訪問で、玄関先の勝手はわかったのでロックのかかった自動ドア前で靴を脱いで手を消毒する。
施設の玄関先って、どこから土足厳禁なのか一見よくわからないように思う。
入所者は、屋外と同じように靴を履いているから土足でもいいのかと思ってしまうが。
デイだと玄関は特に決まってなかったから土足だったけど…

土曜のせいか玄関は無人だったので、インターホンを押して名乗ると職員さんが自動ドアを解錠してくれて母のいるフロアの階を教えてくれた。

団らん室(兼、食堂)のフロアで、テーブルではなくて廊下に並んだ椅子に母はしょんぼり腰をかけて目を閉じていた。
挨拶すると、びっくりした様子でもなく、あまり表情は変えずに顔を上げて、暗い面持ちで「ああひさしぶり。誰かと思った。顔を忘れそうだった」と言った。

「調子はどう?」と訊くと、「具合が悪いの。帰りたい。でも、具合が悪いからもう一日ここにいたほうがいいのかしらと思って」
言いながら、探るような、疑心のあるような、不安を浮かべた目でじっとこちらの目を見つめてきた。
しかしあんなに自宅では「魔の午後」と言っていた時間帯なのに、非常に穏やかで攻撃性は潜め、落ち着いてはいる。

何回もお世話になっているショートステイ先だが、こんな表情になっている母は見たことがない。うちでは見せない柔らかな表情だったではないか。
4月17日に高熱を出し、5月6日にこちらに来るまでの、笑顔が消えて苦しみを浮かべ続けているような表情の母そのまんまだった。

ちょうどおやつの時間となり、わらび餅とお茶が配膳されてきた。
テーブルの無い廊下だったので私が職員さんからお盆を受け取ってそのまま母の前にテーブルのように支えた。

母はすぐに手を伸ばして、表情を変えずに黙って食べ始めた。
「美味しい?」と訊くと、「美味しくない。なんでこんなものを食べさすんだろう」と少しイラついたように言うので、「わらび餅おいしそうじゃん。 でも嫌なら無理に食べなくたっていいんだよ」と私は言った。文句を言いながらも蜜まで丁寧にすくって完食していたのが相変わらずという感じか。
家での不機嫌な調子が出先でも構わず出始めている。これは緊急搬送の時もそうだったけど、やっぱり高熱以降、周囲を気にかけなくなってしまったようだ。

おやつへの不満を引き金にして、だんだん表情が険しくなりつつあった。その顔をみて、つくづく私は、ギリギリで助けてもらえたなと思った。
母の状態はショートに来ても相変わらずで、きっと在宅だったらまた私が悲鳴をあげることになるだろうという予感を十分に感じた。

家族と認識している私が一緒にいたから素が出たのかは解らない。とにかく私と一緒にいると、ワガママ放題になる感じがしだした。

入所者さんのお婆さんが横に来て座り「いいわね、お孫さん?」と訊いてきたので「娘です」と答えると、「お若いわね!うちには子供がいなくて…」と言ってきた。母は私を妹と固く信じ込んでいるので、訂正したげでもあったが、話しかけて来ている間は関わりたくなさそうにして黙っていた。
「こんなところ(施設)イヤだけど仕方ない…」と言いながらその方は違う椅子に座りにいった。

母は私に「帰りたいんだけど帰り方がわからないの」と苦しそうな表情で言ってきた。
「お家に帰りたいの?でも、家に居た時は、こんなとこは家じゃない!帰りたい!と言ってたよ? どこにいても帰りたいって言うんじゃないの?」と私は答えた。
母は黙ってうなだれている。

その頃になって、要介護度調査員の50歳前後の女性が来た。

私は順を追って説明できるよう、母と同居を始めてからどんなふうに母の状態が変わっていって、どんなふうに私が困り始めたかというのをノートに書いてきたが、結果として不要だった。
チェック項目がA4に2ページ分くらいあって、調査員さんは順に質問したりチェックしていったりして、補足を私がする形だった。

まず母に名前と生年月日、干支を訊いた。
母は干支につまづいたが、しばらく考えて正解を言えた。
相変わらず、「ここでシャンとしなくては自分にとって不利になる!」という頭だけは働いているのか。

季節を質問されたが、これには秋と答えた。
自分で入浴できるか、歯磨きできるか、という質問には当然顔をして「もちろんキチンと自分でしています」と答えたが、慣れた様子で調査員さんは私に自宅ではどうだったかを訊いてくる。私は首を横に振り、「拒否がある。めったにしてくれない」と答えた。

運動機能の調査として、「腕を上げてください。そのまま横に向けてください」というのがあり、それにはスムーズに対応でき、腕に十分な可動域もあった。
だが、「立ち上がってみてください」には無反応で、調査員さんが手をとって立たせようとしたが無気力でダラーンと、取られた手が伸びるばかりでお尻が椅子から上がらなかった。
とりあえずその項目は飛ばし、また、家ではどんな様子かというのを主に私に訊く感じになった。

・暴言など攻撃性
・大声を出したり興奮するか
・ソワソワ、徘徊があるか
・収集癖があるか、またその内容は
・盗られる!と言っているか
・昼夜逆転の生活はあるか、夜は眠れているか
・会話が成り立つか
・独り言を話しているか

これらにはほぼ全部該当していると答えた。
独り言は、声には出して言わないけれど何年も前から口を動かして何事かをつぶやいているような感じはあった。
正に今調査員さんと話している間にもモゴモゴとしていて、調査員さんはそれを見て「こういう感じですね」と納得した。

話している最中、母が自力で立ち上がり、トイレに行こうとしていて、それを見て「運動機能は問題ないようですね」と言われた。
でも相変わらず半歩ずつのような、職員さんに誘導してもらえないとヨチヨチとしか歩けない状態。
それを調査員さんは見ていたはずだが、自力で立ち上がれて歩き出せるだけで十分な様子だった。

私としては要介護度を3に上げてほしいから、ひどい話だが調査員さんの前では、何から何まで壊滅的であってほしかった。

でも調査員さんは、「お家で介護が難しくなってきているので、ショートに時々頼んで家とショート交互に生活しているのですね。ケアマネさんからは、特養を探したいので要介護度を見直したいときいています」と言ってきたので思惑は伝わっていると思う。
最後に、今までのヒアリング内容をおさらいして、「○○については問題ない。○○については出来ない。」と順番に言っていき、「出来ない」の項目が多かったのと、「付けておきました」と言う言い方から、介護度を上げてくれる方向の物言いのように私には聞こえた。

「職員さんに今の入浴がどういう状態か訊いてから帰ります。今日の内容を持ち帰り、結果はまた追って」と言って調査員さんは離れた。

運動機能については問題無いようなのは相変わらずか…「家では苦しがって何も動かない、水分もとってくれない、ご飯も食べたがらないので栄養がデイ頼みになっている」と私は説明したが。どう認定されるやら。

しばらく母の横で何を話すわけでもなく居続けた。
そうしている間にも、他の問題行動をしている入所者さんの対応に職員3人がかりでつきっきりになったりしているのを眺めていた。
お爺さんで、車椅子から滑り降りて廊下に這いつくばって寝ようとしているのを、「ここは寝たらダメだから!」と必死でおやつのバナナをあげてなだめたり、最終的には職員さん二人で抱えあげてソファに連れていったりしていた。

それを母がイヤそうな顔で見ながら「帰りたいの」と言った。
私はああいう人と同じところに居させないで、一緒じゃないからとでも言いたげだった。

調査員さんの不穏な質問で、母の疲労は最高に達したようだった。
「しんどいの。横になりたい」と言うので、私は比較的手すきになっている職員さんをつかまえた。

職員さんが母の手をとってゆっくりベッドのある部屋に誘導し始めてくれている間に、職員さんと母の状態について会話した。
「以前こちらにいらしてた時と変わったっていう感じがありますね。できることも少なくなってしまいましたし、表情もなくなりました。歯磨きも以前はしてくれてたんですがなかなか…入浴も自分じゃできなくなってきたので一般浴はそろそろ無理かなという」
「4月に39.3℃の高熱を出してから変わってしまったという感じです」
「でも、笑顔を見せてくれる時もあるんですよ」

ベッドに付いた母の眼鏡を職員さんが「外したほうがいいよ」と言って受け取り、少し離れた棚の上に置くと、母は強張り「盗られちゃうから。引き出しにしまって」と少し強めの様子で言った。
「大丈夫だから!誰も盗らないから。盗らせません」と職員が言い、渋々「そう?…」と言って横になる母。

母には声を掛けず、そのまま私は職員さんに「また明後日も来ます。特養の面談がこちらでありますので」と伝えて帰った。

しんどいな。ああ、しんどい。