母、葬儀

前日に、斎場での火葬後〜お寺への移動送迎を、日本交通などでタクシー予約をしようとしていたが確保できず。
本日朝、斎場にどこのタクシーの出入りがあるかをきき、予約手配できた。

斎場へ向かう途中、花屋でオーダー済の花を受け取り町屋斎場へ。
参列者がごく身内だけの “ 家族葬 ”

待機スペースのソファで待っていると、葬儀社の女性職員の人が来た。
父の時は男性だったけど、やっぱりというか女性の方がこういう場合は柔らかい印象に感じるな。
出来上がった、大判と小さい遺影の確認をした。綺麗に上手く出来ていて良かった。

なかなか定刻通りに始まらず、後のお寺さんの予約時間もあるのでハラハラしてしまう。
どんどん待機スペースに喪服の人が増えてきて、とてもこの斎場が活用されているのがわかる。

町屋斎場は父の四ツ木斎場よりさらに、隣の炉との間隔が狭くてまるでベルトコンベヤの作業のようにサッササッサ進んでいく。
他家のお骨拾いの状況すら見えてしまうような斎場だ。
ここの火葬炉はロストル式で、高火力で火葬されるので40〜50分であっというまにお骨になってしまう。

近年は家族葬・直葬が多くなってきたとは聞くが斎場ではやっぱりどこも炉の前に佇む参列者が多くて、うちのような3人程度だとしんみり。
しかし母は92歳。当然母の周囲の人も、世を去っているか超高齢すぎて来られない。

母は和花より洋花の方が好きだったから、淡いパープルカラーでまとめた、ダリアを中心とした花束を棺に収めた。
葬儀社で頼んだお花で、母の顔の周りを飾っていく。
うーん、この花の質や量…3万円のオプションだったけど、実質1万円いかない位のものだなあという感じ。

ついに最後の挨拶になってしまった。
長いあいだ、苦労したね。苦労かけたね。迷惑かけたね。心配かけたね。
ゆっくり休んでね。

火葬が終わるのを、お茶を飲んで待つ。
火葬場の職員の人が、ワンドリンク制と言って1杯800円✕人数分のドリンク費用と、昨今の火葬用の燃料費高騰分の支払いをお願いしますとか言って、しめて1万4千円を徴収しに来る。
父の時はドリンク代だけだったっけな。

40〜50分も経った頃、呼ばれてお骨を上げに行く。
お骨上げは何度かしたが、喉仏を取り上げて貰えなかったのは初めてだった。
後で知ったが、高齢や女性だと、喉仏は残りにくいらしい。ましてや高火力ロストル式、母は骨粗鬆症。
それでも下顎の骨と脚の骨はわりとしっかり残っていた。

骨壷に収めてもらい、「埋葬許可証はこちらです、骨壷にお入れしておきます」と言われる。
これまたオプションで変更した、淡いパープルのカバーを掛けてもらった骨壷を支える。

時間が押していて、もう送迎タクシーが来ていた。
お寺に移動する前に、和菓子屋に寄り、オーダー済の上用饅頭を受け取っていく。
これでお寺での埋葬の儀に必要な、「お菓子、果物、本堂用の花、お墓用の花」が用意できた。

お寺で、全く父の時と同じ流れ。
お寺に入る前に、お墓入口脇にいた石屋さんに挨拶し、納骨が暗くなってからなので灯りをセットしておくとの事を聞く。

お寺の待合スペースでスタッフさんにお菓子と果物とお花を渡す。
後でスタッフさんに訊いて知ったが、本来は(というかこのお寺に関しては)ここで本日のお布施代を渡すらしかった。

お布施や何かに関して。
兄の時は父がしたので知らない。
父の時は15万円のお布施。
今回は母、そして我が家一同がお墓に入り、兄と父の法要に関してはこれまで最低限以下しかしてこなかったので、20万円にした。

我が家がお世話になっているご住職に本堂でお経を詠んでいただき、お墓への埋葬。

火葬が2時からで、お寺に4時半に到着し、納骨が5時半になろうとしていたので、季節はもうほぼ冬ということもありすでに辺りは真っ暗。
石屋さんが来ているので、お支払い。費用3万3千円は、3年前と料金が変わっていなかった。

ここで少しのアクシデント。
お墓は(何故か私の分も含めて)4人分の購入と父に言われていたが、骨壷の入るサイズは2人分だという。
そして、一番先に入っていた、つまり兄のお骨は巾着袋に入れられて、納められる事になった。
おまけに、そうして納められても、イマイチサイズが合わずガタガタして、石屋さんからは「後日調整に参ります」と言われる。

どうにかお線香をあげて、そこでまた読経。

終わった…本当に終わってしまった。

私の中では、母が認知症で私をわからなくなってしまった時点で、もうほぼ亡くなってしまったように感じていた人だった。
でも、母の施設が決まるまでは残した住所。
母の住民票を移した施設のある自治体。

たとえ母が一人では何も出来ない、食べる事もままならない寝たきりの人になってしまっていても、どこか「親の居る場所」というか、完全に失ってしまってはいないように感じていた。
それが、どこの住民でも無くなり、身を寄せる場所も無くなり、本当に私(の血)はこの世に一人っきりでとり残されてしまったように感じた。

その思いに囚われないようにするかのように、お姑さんや家族に話しかけていつもの日常に戻る。

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